水耕栽培で育てた野菜の栄養価
2020.12.13水耕栽培
水耕栽培には、多様なメリットがありますが、その中でも“栄養価”の面で、付加価値を付けることができるという点が1つの大きなメリットでしょう。
土耕栽培では、施肥により施用された肥料分は、土壌に保持されてしまっているため、植物体が吸収する肥料分の調整は、時に困難を伴います。一方、水耕栽培では、培養液を通じ、植物体に養分を供給することから、培養液の組成を調整することにより、比較的容易に調整することが可能です。このようなメリットを生かして、水耕栽培では、高い付加価値を有した野菜を生産する取り組みが行われています。
野菜の栄養価向上と、水耕栽培は相性がよい
これまでのコラムでも紹介してきたように、水耕栽培のデメリットとして、“初期導入コスト”が高いことが問題となっていることを紹介しました。
このことに対し、年に複数回収穫が可能であることや、生産物に付加価値を付けることができることが可能な野菜で、導入が進みやすい傾向にあることを紹介しました(水耕栽培に適した野菜)。
特に、付加価値の面では、
- 機能性成分など栄養価を高める
- 高糖度の果実を生産できるようにする
- 生食できるようにし、栄養を逃がさない(野菜のえぐみをなくすなど)
など、消費者が好むような野菜を生産可能となれば、水耕栽培の栽培面積が広がることにもつながるでしょう。このようなことから、現在では盛んに、“野菜の栄養価を高める栽培法”について検討が行われています。
“栄養価を高める工夫”が行われている栽培例
実際に、水耕栽培において、培養液の組成等を調整することで、野菜自体の栄養価を高めることや、通常は調理を必要とする野菜も、サラダ等として生食できるようにした、野菜の栽培例があります。このように、工夫が行われている栽培法について、いくつか紹介していきます。
ホウレンソウと機能性成分
水耕栽培における、ホウレンソウの栽培事例では、
- 葉酸(ビタミンの一種で、細胞のDNA合成に必須な要素)
- ベタシアニン(抗酸化物質として注目されている)
が豊富に含まれるホウレンソウの栽培法が確立され、近年注目されています。
水耕栽培における培養液に、フェニルアラニン(アミノ酸の一種)を添加した条件で通常の約2倍の葉酸が、スクロースを添加した条件で通常の5倍のベタシアニンが含まれていることが確認されました(1,2,3)。
このように、培養液に特定の成分を加えることで、機能性成分を増加させた野菜を生産することが、可能になってきています。
高糖度トマト栽培の実際
一般に土耕栽培では、灌水量を最小限にすることで、高糖度トマトの生産を目指しますが、灌水量の調整が難しいのが現状です。そこで、養液栽培を含む水耕栽培を用いた、高糖度トマトの生産が広く行われ始めています。
植物の細胞膜は半透膜(水は通過できるが、水に溶けている塩類等は通過できない)という性質を持っており、細胞内外の塩類濃度の差を利用して吸水を行います。一方、培養液自体の濃度を高めると、細胞は水を吸収しにくくなり(細胞内外の濃度差が小さくなるため)、植物体を容易に乾燥状態にすることが可能です。このように、水耕栽培では、培養液の濃度を調整することで、高糖度トマトを生産することも可能になってきています(4,5)。
茹でずに食べられるホウレンソウ
また、ホウレンソウの硝酸やカリウム量を減らし、茹でることなく、そのまま食べれるようにするような工夫も行われています。これらの多くは、収穫数日前に、培養液中の硝酸やカリウム濃度を減らすことにより、行われています。
そのまま生食できることから、他の栄養素が流れ出てしますことを防ぐことができるとともに、新たな食べ方ができることから、今注目されている栽培法です(6,7)。
水耕栽培で生産した野菜には多くのメリットが
今回紹介したように、水耕栽培では、体によく(機能性成分が多い)、美味しい(甘い果実)野菜を、生産できるとともに、新たな利用法(ホウレンソウを生食可能)により、食の彩も増えるなど、多様な野菜を生産することが可能です。このように、水耕栽培は、私たちの食生活を、より豊かにする可能性を秘めた技術であると言えるでしょう。
引用文献
(1)https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research/research_results/2018/documents/180908_2/01.pdf
(2)S. Watanabe, Y. Otani, Y. Tatsukami, W. Aoki, T. Amemiya, Y. Sukekiyo, S. Kubokawa, M. Ueda. Folate biofortification in hydroponically cultivated spinach by the addition of phenylalanine.
Journal of Agricultural and Food Chemistry. 65(23): 4605-4610. 2017.
URL: https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.jafc.7b01375
(3)S. Watanabe, Y. Otani, W. Aoki, Y. Uno, Y. Sukekiyo, S. Kubokawa, M. Ueda. Detection of betacyanin in red-tube spinach (Spinacia oleracea) and its biofortification by
strategic hydroponics. PLOS ONE. 13(9): e0203656
URL: https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0203656
参考
(4)https://www.maff.go.jp/kanto/seisan/engei/yasai_jirei/pdf/30yasaijirei_tomato_amera.pdf
(5)https://www.naro.affrc.go.jp/publicity_report/publication/files/ichidantomato.pdf
(6)タイトル:養液栽培実用ハンドブック
著者:日本養液栽培研究会編
出版社:誠文堂新光社 2018年発行
(7)https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/3010000325